当清福寺は、瑠璃山薬王院清福寺と号し、久喜市下清久鶴ノ谷にあり、総本山長谷寺の直末寺院として、真言宗豊山派に属しています。
当山は足利政氏が久喜に隠居して甘棠院を創建する数年前の永正二年三月(1505年)に、不動明王を本尊とし果山が開基しました。
江戸時代には山内に、寛永十三年(1639年)から承応三年(1654年)にかけての宝筐印塔三基があり、また庚申塔が、元禄十六年(1703年)と文政七年(1824年)に更に、安永二年(1773年)には日本廻国供養塔が立てられており、往時が忍ばれます。また、開基の頃よりあったと考えられる、市の天然記念物にも指定されている本堂前の樹齢500年の「銀杏の木」も、その長い歴史を物語っています。
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